Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

モモの視点

アタマ(考え)が進もうとするのに
行い(四肢)が必死で追いつこうとして
ココロ(胸)やハラが置いてきぼりになりそうになるのを
アゴやクビやコシが必死で支えている…

そんな印象を覚える歩様だった人の中に
楽に足が運ばれていく居心地が
少しずつ目覚めてくる。

行きつ戻りつしながらも
境目なく季節は移ろっていくように。

戻りかけている時に生じる
頭が先立とうとする「違和感」に
気付くようになる。

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ミヒャエル・エンデの「モモ」のお話の中で
モモを大切に思う掃除夫のベッポが
灰色の男たち(時間どろぼう)に騙されて
モモを助けるには自分が時間を節約して
働き続けねばならないと思いこまされ働く姿を
描写したこんな言葉があります。

たった一回ですが、モモはある夕方、橋のらんかんに腰かけているとき、とおくのべつの橋の上に、背をまるめた小がらな人のすがたを見かけました。その人は、まるでいのちがけで掃いているというようすで、ほうきをふりまわしていました。ベッポにちがいないと思ったモモは大声で呼びかけて手をふりましたが、あいてはちょっとの間も手をやすめません。モモはかけだしました。でもその橋についたときには、もうどこにもそのすがたはありませんでした。「きっとベッポじゃなかったんだ。」モモはじぶんをなぐさめました。
ミヒャエル・エンデ『モモ 』岩波少年文庫


違和感というのは
この文章の中のモモの視点のようなものかもしれません。

でも、ベッポだって本当は知っているのです。
自ら、こう語っていたように。

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」またひと休みして、考えこみ、それから、「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」
ミヒャエル・エンデ『モモ 』岩波少年文庫

 

姿勢や動きには
ココロの居方や考え方が表れる面も
やはり少なからずあるのではないでしょうか。

アタマを先へ先へと駆り立てているものは
もしかしたら、時間どろぼうが煽る「恐れ」や
「幻想の価値観」かもしれません(^^)

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