Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

幼少期の記憶から徒然

ナチュラリゼーションを続けていると
時々、ふと幼少期のことを思い出すことがあります。

私がまだ小学生になる前から
母は自宅で小中学生を対象にした絵画教室を開いていました。
そこに居て、お姉さんたちのやっていることを眺めたり
卒園近くなった頃に1度だけ
にじみ絵の制作をやらせてもらったことは鮮やかに覚えていますが
それが鮮明に記憶されるほど
母は私に絵を描くことを一切教えなかったし
自宅で開催している教室に参加させることも無かったのです。

何故かということを
今の今まで考えてみることもありませんでしたし
母が子どもの絵の発達段階について知っていたのかわかりませんが
母の幼少期の私への絵画教育は描き方を教えることではなく
絵本の読み聞かせだったり
画集を常に自由に眺められる環境だったり
描くことを楽しむ姿に触れさせることだったのだろうと思います。

少なからず、そのおかげで
「絵を描くことが好きな私」が育ったのだと
こちらの2つのブログの記事を拝見しながら思いつつ
改めて、母への感謝の想いを覚えました。

 

2.子どもの絵はメッセージ_2

 


思えば、描くこと以上に色を扱うということが好きで
とある外資系化粧品会社に就職したのも
商品開発で色彩に携わる仕事がしたかったからですし
未だに、描く事でもデザインすることでも
こんな風にニットを作るのでも
色合わせを楽しみながら無心に手を動かすことの喜びを
感じることができるのも
幼少期のにじみ絵の感動体験が
私の中に根差しているからなのかもしれません。

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「春蘭」の内田樹氏の解説の中に
こんな言葉があります。

教育とは集団で行うものである 。教授団 (ファカルティ )という言葉があるが 、教育の主体は複数形なのである 。複数の教育主体が差し出す教育的手がかりのうちから 、子どもは 「身に合ったものをひとつ 」取ればいい 。たいせつなのは 「身に合う 」のか 「身に合わない 」のかを識別する力を子どもたちが持っていることである 。
岡潔 著「春蘭」内田樹氏の解説より

 

子どもたちのかけがえのない成長の時間の一部を
他者と共に、その時代の社会と共に預かっている。

と、以前も書きましたが


学校教育のみでなく
個別の教育的アプローチにしても
我が子の子育てにしても
むしろ大きな組織的なものではない場で
子どもたちに関わるほどに
この視点は非常に大切なことなのではないかと思うのです。

私は、教えることが悪いとも不要だとも思っていません。
ただ、私はそれ以前に身に合うものを見出す力が
ナチュラリゼーションを通じて育まれることをサポートし
その子が出合う次なる導きに
バトンタッチしていきたいと願っています。

 

 

 

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