Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

胸分ける

【胸分ける】

秋の深まりとともに、ハイハイをしていると

ますらをの呼び立てしかばさ雄鹿の胸分け行かむ秋野萩原

という万葉集の歌を思い出したりもします。
まだまだ鹿には遠く及びませんが(笑)
「胸分ける」という言葉が
何か、しっくりくるんですね。

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【育ての心】

自ら育つものを育たせようとする心、それが育ての心である。世にこんな楽しい心があろうか。それは明るい世界である。温かい世界である。育つものと育てるものとが、互いの結びつきに於て相楽しんでいる心である。
 育ての心。そこには何の強要もない。無理もない。育つものの偉きな力を信頼し、敬重して、その発達の途に遵うて発達を遂げしめようとする。役目でもなく、義務でもなく、誰の心にも動く真情である。
倉橋惣三「育ての心」フレーベル館

 

倉橋惣三先生は
幼児の自発性を尊重しながら
「生活を、生活で、生活へ」導いていくことが大切だと
説かれたそうです。


そのように日常に学び育つことから始まった人生は
青年期、成人期を経て再び
煩わしさや困難も含めた
日常の中にこそ幸いがあり
育み育まれる修行(学び)があるとする
入鄽垂手の境地として
老年期に結ばれていくものなのではないか
能面の「翁」のような、あるいは布袋様のような
円やかな表情に触れる度に思います。

入鄽垂手はゴールでもありスタート
閉じていくではなく、開けていく
幼子にも、心豊かに生きてこられたご高齢の方にも通ずる
周囲も明るく照らすようなそのありようが
「いきいきしさ」であるように私には感じられます。

 

Oxherding pictures, No. 10 

 

『仏心と童心』


仏心は慈悲。慈悲は先ずゆるす心である。
その大きなゆるしの前には、多分善もなし悪もなし、
ただすべてに対する無差別のいたわりがあるのであろう。

仏心の偉大さは容易に測り知り得ない。
しかし、ゆるされる心がどういう心かは考えてみることが出来る。
責めつけられない心である。咎められない心である。
罪をいつまでも追跡されない心である。
従って、その前にあるものは、隠しや、飾りや、詐りや、
反抗や、執拗や、そういう一切の我執から開放させられる。
つまり、万人がその本然の無我に帰らされるのである。

仏心の宏大無辺に較ぶべくもないが、
童心がこれと似た幸福を私たちに与えてくれる。
しかも、仏心は余りに崇高で、
時に私たちの方から近づき兼ねる事があったりするが、
童心にはそういうところもない。

そこには、ゆるされるとも識らずにゆるされる心易さがある。
抱かれるよりも抱いてやる親しさがある。
誰でもの心が直ぐ本然の無我に帰らされずにいられない。

倉橋惣三「育ての心(上)」フレーベル館

 さて、今日もナチュラリゼーションを通じて童心に学び
いきいきしさを育んでいきたいと思います(^^)