Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

I know them like the back of my hand.

20年ほど海外で暮らしてきた友人との会話の中で
熟知しているという意味の
I know them like the back of my hand.
というフレーズがあるという話題になり
「でも、自分のカラダの一部ですら
熟知なんてしていないというのを
こうして手を動かしていると実感するね。
手の甲なんて毎日眺めてるのに
指がここから動くなんて考えてみたことも無かったし
本当に限られた動きしかしてなかったんだなと驚いた。
まさに知らないという事を知らないだね(笑)」と
話していました。

でも、熟知していると言えるような事が
本当にあるのだろうかということを
学ぶことを重ねるだけでなく
歳を重ねるほどに思います。

ひとが両肩のうえにわざわざ重たい頭をのっけているというのには、確かな理由があるのだ。頭が一人立ちしているのではないということだ。身体の他のぜんぶに支えられていて、やっとひとの頭は、しかるべき位置に落ち着いているのだ。
「感受性の領分」長田弘/岩波書店

長田弘さんはこう綴ったけれど
その言葉に頷いたとしても
次の瞬間には頭が一人歩きした思考の中にあって
じぶんの身体すら忘れているのが
私たちなのではないかと思うのです。

知らないという事を知らない
忘れれているという事を忘れている
見えていないことが見えていない。

だから、それに気付き学びあうために
人やものごととの縁に恵まれる
学び残しがあれば幾度でも巡ってくるというような
よく言われていることのリアリティが増し
また、それが肉親であれ、友人知人であれ
もう、会いたくても会えない
喪うという体験が積み重なって
それがどのような縁であっても
やはり恵まれている、いたのだと
身に沁みて感じるようになるのが
歳をとっていくということなのかもしれないねと
今は亡き共通の友人や恩師のことも思い浮かべながら
語りあった晩でした。

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