Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

「遊び」からの徒然

私は、当たり前のようにあるモノやコト
わかっているようで実は全然わかっていないことに
焦点を向けなおしてみることが結構好きです。

問いを立てたからと言ってどうなることでもなかったり
ひとつの答えがあるようなことではないこと
でも、今のじぶんの思考の前提になっていることを
改めて考えてみるということから生じる余白に
そぎ落としていけるものや
もっと大事にしたいこと
あるいは別様の視点へのヒントであったり
それがひとつでは何かに繋がらなくても
そうした問いたちの断片が
じぶんの背景に蓄積されていくなかで
何か「そのとき気付くべきもの」に出合った時に
反応できる下地が寡黙に育っていくような気がするのです。

 

今、フォーカスを向けているのが
「遊び」
そもそもヒトにとって「遊び」とは何か
そんなことをつらつら考えるうちに
「ホモ・ルーデンス」という一冊に出合い
ホモ・ルーデンス (中公文庫)

 

そこから松岡正剛氏のこの記事に出合って

772夜『ホモ・ルーデンス』ヨハン・ホイジンガ|松岡正剛の千夜千冊

更に、「遊びと人間」に出合い
遊びと人間 (講談社学術文庫)

当初フォーカスを向けたものではないけれど

1646夜『人間はガジェットではない』ジャロン・ラニアー|松岡正剛の千夜千冊

の記事に、漠然と感じている違和感の正体をうっすらと感じたり。

 

それらの断片から感じ取っていることは
まだ、自分の中で言葉やラインにはなっていないけれど
その「未だカタチにならない」もやもやっとしたところを
寝かせておくということが
大事なような気がするのです。

 

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