Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

「ど」

ゆっくりと手のワークを中心としたレッスンを
していった後の対話の中で
ご自身が問い続けてきた時間をやわらかく抱擁しながら
開け始めたその眺めを慈しむかのように
「手は本当に足を映しますね」というようなことを
ある方が仰っていらした時の光景が
何故か手のワークをするたびに思い出されます。

万感入り混じったその想いは
多分、私自身がナチュラリゼーションに出合った時
感じていたものと
同じ感触のように思えるからかもしれません。

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江の島 小スタジオにて。
海と空のブルー、そして床に映るブルー。雲と波の白、壁の白。
Blue&Whiteに包まれる時間です(^^)


その鎖を解き放ち
再び鎖を編まない調和が育まれるには
やはり時間がかかります。

それを待つ心はどこか
子どもが生まれるまでに抱いていた
内に宿る自然に対するものと
似た心境のようにも感じます。

ナチュラリゼーションに取り組むとき
子どものような心とそれを育む親の視点を
同時にじぶんの中に持ち合わせているような面白い感覚です。

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自分に対して「立てよ、歩めよ」になりそうになるとき
生まれてくるまでにも
自然の時間が必要だったこと
それを待つように過ごした十月十日を
思い出したりもします。

我が子に3か月や半年で生まれてこいなどとは
誰も思わないように
胎児の時間を十分に過ごして
生まれてきてくれることを願うのではないでしょうか。

 

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コツコツ、愚直にというのは流行らないかもしれない。
それでも、育土と同じように
自然の働きを呼び覚まし
それらが働き合うのを待つということは
何か、そういうある種の「泥臭さ」を
無しにはできない様に感じています。

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そして、そんなことをつらつら考えていると
「ど」という文字がそこから浮かんできます。

育土の「ど」、泥臭さの「ど」
「ど〇〇」と何かの言葉の前についたような際
どこかスマートじゃないようなニュアンスに使われる「ど」

 

その「ど」の語源は何なのだろうと
ちょっと調べてみたのですが
余りはっきりとしたことは分からず…
けれど、玄奘三蔵訳般若心教の中の「度一切苦厄」での
強調するために用いられた度に由来するのではないかと
考察する方もいらしたり

般若心経は真言を説いたお経 -エンサイクロメディア空海-

 

また、下のように書かれている書籍もありました。

 

誰かや何かに救われてではなく
自らの中に在るものに、自らが気付くことによって
「本人が一切の苦役を飛び越えてしまう」ような
意味合いでの「度」もまた
そこに重なっていくように思えました。

そういう「ど」の質感を厭わず
正直に、素直に、向き合って
自分の中にあるものに委ねるような側面も伴ったところに
はじめて「渡されるもの」があるような気がするのです。

 

金曜日の江の島は
すっかり真夏の表情でした(^^)

f:id:blissfultouch:20170714224218j:plainこちらは小ホール

 

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時折、鳶が覗きに来ます(笑)

 

 

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