Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

それは不意に訪れる

顎のワークから、高這いまでを一通り行ったセミナーの2時間
アタマが空っぽになるまで行為し続けることが齎す
「あれっ?」な瞬間は
その後の、スパイダーのワークの最後の最後
もうレッスンが終わるという時になって訪れました。

その軌道からなら、もっとターンアウトしていける
そう感じるような
開くというより、はまっていくような感覚に
「あと、もうちょっと」のところで停滞していた状況
と、いうよりそれ以前の何十年も模索してきた時間も含めた
長いトンネルの先の光が見えたような瞬間。

2時間、レッスンしてきたのに
帰宅するなり、またそれを確かめるように
ワークに没頭した週末の夜でした。

当分、「ひたすら這う」からのスパイダー&うつぶせカエルが
マイブームになりそうです(笑)

 

f:id:blissfultouch:20170515004356j:plain

こういう「訪れ」を感じたときに
よく思い出すのが日野先生の「表現塾」という
ワークショップでの体験。

出来の悪かった私は(笑)
怖れ多くも日野先生と差し向かいで
たくさんのギャラリーの中
自分の言葉ではなく、「とおりゃんせ」の歌のかけあいで
対話をするという体験の機会に恵まれました。

最初、何度やってもうまくいかない、わからない
半ば泣き出したくなるような状況でしたが
日野先生の声は、確かに自分の中心に響いてくる。
何とも言えないあたたかさ、気持ちよさを感じ
いい加減、何かをやろうとしているものがそぎ落とされ
ただ、それに応答したいような感覚になったとき
じぶんの声が変わった。
その瞬間、表現とはこういうことなのかもしれないなと
つくづく感じたのです。

それは、「できた」ではなく
「触れた」といったような
日野先生の投げかけて来るものに
半ば引き出されるようにして顔を覗かせたような感触ですが
確実に変わったと思えるのは、その
「わからない」「できない」ということへの抵抗感が
払拭されたような側面で
そのたった1度の体験はそれでも、未だに響き続け
単にダンスの表現だけでなく
様々なことに影響を与え続けている学びのように感じています。

f:id:blissfultouch:20170514091529j:plain

と、少し脱線してしまいましたが
何かをしようとしなくなるまで
その行為の中にじぶんを置くということから
不意に拓けてくる世界の眺めとでも言うのでしょうか
そういう時って
表れたのがフィジカルな変化であっても
それだけではない。
何か、じぶんという全体が
それまでとはちょっと違う眺めの中に佇んでいるような
またひとつ何かが抜け落ちて
軽やかに、涼やかになったような居心地が伴うもの。
今また、そんな感触を覚えています。

やはり、ナチュラリゼーションは面白すぎる(笑)

 

這う段階に入って「ひたすら行為し続ける」を体験してみたい方には
和泉多摩川レッスンをお勧めします(^.^)


Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...