読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

人間は多くの意味で足を信頼し、足を保証しなければならない。

ひと月ほど前に友人に薦められた
霜山徳爾「人間の限界」を
この休みの間に古書店から取り寄せてみて
最初にさらっと目を通してみると、そこに思いがけず
先の記事で触れた平澤博士の言葉が取り上げられており
本との出会いもまた縁であることと
視座を高めるヒントを与えてくれる存在のありがたさを
しみじみと感じます。

新書版もあったのですが
何となく、持ち歩いて読むような本ではなく
ゆっくり時間をかけて、丁寧に読む本かと感じたので
全集になっているものを選びました。

f:id:blissfultouch:20170502215029j:plain

天才と狂気―人間の限界 (霜山徳爾著作集)  

 

実体という言葉に由来するスブスターレというラテン語は文字通り、あるものの上に立つことを意味する。場所(プランツ)という言葉もプランタ、すなわち足の裏からきている。足の裏というこの場所だけは私に属し、私だけのもの、他の誰のものでもない。それは貧しい面積のものだが、それが私の定位、足場、立場である。そこから私は自由な彼方へとまなざしを送り、辛うじて私の生活を維持する。たしかにわれわれはその上でいつも独りである。しかし、衆生のために何度でも「とって返して」ささやかな助力をしたいという、いわゆる往還返回の思想を残生にもつには歩脚は必要である。人間は多くの意味で足を信頼し、足を保証しなければならない。
(「人間の限界」霜山徳爾 著 第4章 足のあゆみ より) 

※衆生:生命あるすべてのもの。
※往還:行き来すること
※返回:引き返す、(元の場所に)戻ること

足という「わたしの場」「わたしの今」を
大切に、そして愛することができて
独りが他の独りに寄り添うことも
生きとし生けるものに歩み寄ることも
できるということなのだと思います。

 

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...