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Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

moveという感覚―長田弘氏の言葉から

先の記事の中で、よく開く本と書いたもう一冊
長田弘氏の「感受性の領分」

昔から、ちょくちょく引用させて戴いていますが
その中でも常に心に留めてある言葉があります。

いま、ここにあるという感覚を鋭くする。
そのために必要なのは、じぶんに必要なだけの疑いを、
いつもいま、ここにちゃんとおくことだ。
疑いのない停滞に、自分を暗く閉じこめないために、みずから疑う。
疑うことによって、じぶんがいま、ここにいっそう明るくされるようにする。
疑うというのは、ほんとうは自分を明るくしてゆくことだ。
他人の正義をあてにしないことだ。
疑いによって、自分を開く。
疑いのなかで、自分をいっそう確かにしてゆく。
疑うというのは、moveという感覚を、身に生き生きとたもつということだ。

 ここでいう「疑う」ということは
じぶんという全体に疑心暗鬼になるということではなく
じぶんの「考え」を疑ってみる余地を常に持つ
ということなのではないかと、私は受け止めています。

そして、じぶんの考えを疑う余地が常にあるとき
その中で生じた自身の選択を信じることも
それによって起こることを引き受ける覚悟も
できるように感じていますし
そのことが「Move」、
つまりココロに背かず動ける自由があるということ
そのように思っています。

余談になりますが、長田弘氏が亡くなられたのが2年前の春
この人の話を聴いてみたい、会ってみたい、そう思って
5月に行われる予定だった講演会に参加申し込みをしていましたが
残念ながらそれは叶う事はありませんでした。

それ以前にも、おそらくそうした機会はあったかもしれない。
でも、日常に追われて調べてみることもしなかった。

そのとき、強く思ったんですね…
心が動いたとき、行動を先送りしないと。

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最後に、共感した茂木先生の記事を二つ
シェアさせて戴きます(^.^)

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