Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

一歩以前の一歩/Reorganization

今回の長期出張講座は、

寝返りからスタートするこころづもりは当初からあったのですが

このところのナチュラリゼーションでの体験を通じても

「手」をまず、少しでも自由なところに戻してから始めなければ

その寝返りの質も、それによって制限されてしまうと感じたので

そこからの「一歩以前の一歩」がスタートしました。

こちらの方は

最初、「あれっ!あれっ?」と

まずは、思った以上に「寝返りができない」ということに

気付かれるところから始まりましたが

講座が終わる頃には

コロンコロンと気持ちよく寝返りなさっていました(^^)

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生徒さんと一緒に受講して下さった先生が

手が全身を司る・・・

あるいはそこが私たちが人として機能できることの源だったことに

本当に驚きと感動がありました。

と、仰って下さったように

手に刻み込まれているものの影響を

身をもって感じるということは

踊ることに深く、長く、向き合い続けた方ほど

感動、感慨を覚えるものかもしれません。

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私自身、それに気付いた瞬間の感動はもちろんですが

それが自分が感じ、模索してきた様々なことに符合し

プロセスが進むにつれ

身体が、動きが、少しずつ再編されていく中で

ある日、サロンでひとりワーク後の身体を感じながら

ふと、泣けてくるような事がありました。

感動、喜び、希望が9割、

もっと早くにそこに気付いていればという切なさ1割(笑)

それらが入り混じった想いに

その前で佇み続けた問いの扉の鍵が

ようやく外されていく感触と共に

静かに涙が滲み出てきたのです。

そして、仕事として以前の

一探究者としての私が、何かに突き動かされるように

そのプロセスで感じていることを

今、この時点で言葉にして表したいと望み

ひとつらなりの拙い表現となったのが

先日、14日のエントリーだったりもします。

つい、昨日も

以下の本(まだ購入していませんが^^;)の

「わかる」ことで消えてしまうものがたくさんある。

「わかる」より大事なのは、驚き、とまどい、

思わずさわりにいきたくなること。

という、哲学者の鷲田清一氏の

帯の言葉に心惹かれたのですが

まさに、その、「わかるの手前」を表していくことが

「わかった」の地点から表すことより

私にとって価値があることのように思えるのです。

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