Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

プロセスの中の言葉たち

何かを探っているとき

自分の中で身体や動きをとらえる言葉は

部分的になったり、多くなったりするけれど

そうした断片があるときフッと

ひとつの全体としての感覚になって結ばれると

それは言葉というより情景のような感じで

自分の中に存在するようになると

よく感じます。

それをあえて書き留めようとすれば

先日の「腔を抱擁して」といったような

イメージとしての言葉にならざるを得ないのですが(笑)

何かひとつの身体知を獲得して

不要になったかのような

そのプロセスにあった断片の言葉たち

でも、それを何かしらの方法で書き留めておくと

どこで躓いたり、脇道に反れたかがクリアになったり

じぶんの認知の歪みの傾向が見えてきたりもしますし

その傾向を知っていれば

また何か新たなテーマに取り組むとき

自分の感じ方、とらえ方の癖を踏まえた上で

少し枠を広げたところで

物事を体験したり

体験の仕方を見直したりできるように思います。

そんな私が、最近読んでいてとても面白く感じているのがこちらの一冊

「こつ」と「スランプ」の研究 身体知の認知科学 (講談社選書メチエ)

ハウツー的な本ではありません。

でも、その諏訪氏の身体や動きの辿り方や、エピソードに

とても共感を覚えるのです。

まだ研究者になる前、

カフェでの身体の向きで変わる居心地を

観察なさったりしたエピソードには

昔、とある窓口の仕事をしていた時代に

自分の身体の向きの僅かな変化と、居心地

あるいはお客様の行動などを観察したりもしていたことが思い出されたり

そうそう、こんなこと観察しながら

自分や周囲を感じたり眺めたりしてるよねと

膝を叩きたくなるようなページもあって(笑)

自分が無意識のうちにとっている

僅かな身体の向きの変化からも

色々なことが見えてきます。

例えば、その仕事をしていた時代に気付いたのは

気難しいと感じている常連のお客様がいらした時

正面を向いているようで、自分の胸郭が僅かに斜め左に向こうとするのに気付き

文字通り「斜に構えている自分がいるな」と思い至るわけです。

そこで、そのごく僅かな身体の向きを戻して対応するようになってみると

コミュンケーションがスムーズになっていったんですね。

そんな風に、身体を通じて心に気付くということも

少なくはないのです。

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わたあめのような雲が浮かんだ木曜日

セッションにいらして下さった新体操の先生に

ワークのいくつかを体験して戴きながら

これから、子どもたちと取り組んでいきたいことの方向性について

お話ししました。

そこの疎通ができていると

やはり色々と事がスムーズに運びますし

日頃の練習と、個々のセッションの連携も良くなると思うので

良いタイミングでいらして戴けたと思います。

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