Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

一筋の柔軟な線

いくつかの、幾度も読み返す長田氏の詩集が

私の手元にありますが

昨日、一冊の詩集が届き

触れたことが無かった作品から

また、色々なことを感じています。

Img_0965

長田弘全詩集

その中に、子どもの頃の身体感覚や

見えていた世界が

ありありと蘇ってくるような

一遍の詩がありました。

『記憶のつくりかた』の中の「ジャングル・ジム」から

その一部を引用させて戴きます。

最初は外側しか廻れなかった。それでも過度をくるりとすばらしい速さで廻ったときは、幸福だった。中にはいっても、はじめは迷った。自在に動けるようになると、狭いジャングルジムの世界は急にひろびろとひろがった。ジャングル・ジムのなかを滑り台を滑るように、斜めにうまく滑りおりられるようになったときは、どんな鉄の棒もわたしのやわらかな肉体を傷つけることができないことに、密かな誇りを感じた。

 ジャングル・ジムの頂上。二本の足だけで平衡をたもって立つと、突然風景が変わる。屋根は低くなり、空がふいに展(ひら)けた。そこは、誰もいない、静かな世界だった。だが、その静かな世界は、誰かがまちがって手をわたしの足首にひっかけたとき、断ち切られた。

 わたしは、ジャングル・ジムのなかに、一気に、垂直に落ちた。正方形の世界が、一瞬にして檻の世界に変わり、身体は一どにやわらかさを失って、わたしは激痛に悲鳴を挙げた。わたしは死んだと思ったが、わたしは死ななかった。

 死んだのは、わたしのジャングル・ジムの世界だった。一週間寝つづけた。それきりわたしは、二どとジャングル・ジムのなかにもどらなかった。

 ジャングル・ジムはアフリカよりも遠い世界になり、わたしはジャングル・ジムの発明者が誰かついに知ることもなく、大人になった。だがわたしは、大人になることで、ただ、じぶんのなかの傷つけられた子どもの夢と肉体を償っただけだったのだ。

 ひとは大人になって、高さを忘れる。平行になじんで、垂直を忘れる。

長田弘 『記憶のつくりかた』 「ジャングル・ジム」より

鉄棒やジャングル・ジムのような遊具が好きで

そういえば、こんな世界の広がりの感覚や

達成感があったことも

こんな「痛い思い」を経験したことも

忘れてはいたのですが(笑)

でも、その頃の「こころ」は

やはり、まだ自分の中に

鼓動し続けているのを感じます。

日常の中で、当たり前に行ってきた動きですら

こんな風に展(ひら)けていく世界を

再体験していくこともできるのです。

そんなとき、誰でもどこか子どものようになるのは

実際、子どものような感受性が

そこで再び目を覚ますからかもしれませんね。

ちなみに、ジャングル・ジムは

1920年にシカゴの弁護士セバスティアン・ヒントン(Sebastian Hinton)によって発明されたそうです。

帯に書かれた

「一筋の柔軟な線を貫く」という生き方

その生き方から

幾重にも漉されて響きだしてくる澄明な言葉に

私は私の世界を明るく照らす

多くの示唆を戴きました。

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...