Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

寝待月~更待月の徒然

火曜日の夜更けまでちょっとお仕事関連の作業をしていて

やっと一区切りついた頃に

何かに誘われるようにベランダに出て空を見上げると

まるでそのタイミングにあわせて緞帳が開くように、スーっと雲が引いて

ほんの数分の間、美しい月を眺めることができました。

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これは寝待月

昨夜は更待月、残念ながら月は見えませんでしたが

私が生まれた時の月のフェーズは

この月相だったようです。

猪突猛進なようでいて

でも、大きな流れの中では

追わず、求めず

待つことに居心地の良さを覚える面があるのは

もしかしたら、そんな宵闇月の頃に

生を受けたからなのかもしれません(笑)

でも、人生を動かすような何かが訪れるのは

いつもそんな風に

自分を澄ませているときだったように思います。

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書くというのは、二人称をつくりだす試みです。書くことは、そこにいない人にむかって書くという行為です。文字をつかって書くことは、目の前にいない人を、じぶんにとって無くてはならぬ存在に変えてゆくことです。

長田弘「すべてきみに宛てた手紙」

言葉をそぎ落としてそぎ落として

書かれていないこと

余白に世界を創りだす詩人の

示唆に溢れた言葉は

そこに自ら感じ、考え、見出していく自由という隙間を持っている

流れ落ちる滝のように

言葉が通り過ぎていくタイムラインという空間から

時に、少し離れ

自分のリズムで流れていく空間の中で

そうして研ぎ澄まされた言葉に触れていると

色々な気付きを覚えたり

そこから膨らんでいく何かを発見することもあります。

私たちは常に一人称では語れない存在なのかもしれません。

私として意識している「わたし」が

意識できない領域の中に浮かんでいるごくわずかな「部分」であるように。

だからこそ、丁寧に感じていく

未だはっきりと感じることのできない何かの気配も

どこか意識の視野の端っこに覚えながら。

からだを拓く、動きを拓くということは

その丁寧さの繰り返しなのではないかと思います。

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