Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

ふんわりと立つこと

ちょっと疲れたときなどに

同じ側の足を同じように挫きそうになることが

幾度かあった

そんな時は、足や脛の筋肉のバランスが

悪くなっているかもしれません。

昨日、ちょっとそのような状態の方のケアをさせて戴いたのですが

筋ゆるは、指を持って揺らしていくので

動きのいまひとつスムーズではない指や

それに関連する足底や足首、脛の筋も

タッチを用いながらある程度狙って緩め

調整していくようなことも可能だったりもします。

(これはセミナーの時の栄先生のアドバイス

大いに実践に活きている点で感謝しています。)

セッションの中だけでなく

ウォーミングアップ用のセルフケアとして

色々、役立て方を工夫するのが

今、私のマイブームです(笑)

かる~く、丁寧に指を小さく回すようにしてあげるだけで

ずいぶん、足裏や指の感覚は豊かになりますし

足もふくらはぎもふんわり柔らかになって暖まり

「立つこと」の感触が変わる

それは、何だかとても幸せな感覚なのです。

その流れで、またつらつらと脱線してしまいますが(^^;)

「立つこと」の感覚や床を感じる感覚が変わるということは

どこか、自分のまわりの世界の映り方、聴こえ方、感じ方も

変わるもののように思うのです。

ふんわり柔らかな足で立つ時

自分の周りの風景も、人も、出来事も

やはり、ふんわりとした質感で自分の中に響いてくる。

何かこころに思い詰めているようなことがある時

ぎくしゃくして感じられるような時

考えることをやめて、ちょっと身体をふんわりさせてみると

こころもふんわりしてくるようなことが

あるのではないかなと思います。

今日は、多田道太郎の『しぐさの日本文化 (多田道太郎著作集)』から

少し、引用させて戴きます。

落ち着く、ということだけで、坐の意味を考えるのはまちがっている。坐は、臥と立の中間にある姿勢である。臥にくらべれば坐はより生命的、根元的である。臥にくらべれば坐はより社会的であり、立にくらべればより生命的、根元的である。栄久庵憲司氏は「臥・歩・坐」をそれぞれ生命的根源、動物的根源、人間的根源の姿勢と呼んだ。私はこれを少しずらして考えたい。臥が生命的根源であるという拙には異論がない。…ただし、「歩」あるいは「立」は、動物的というよりはむしろ社会的姿勢なのだと私は考えたい。社会という集団組織を組むための姿勢である。「坐」は、人間的というより、むしろ待機の姿勢である。社会と生命の根源のあいだにあって、待つ姿勢である。

しぐさの日本文化 (多田道太郎著作集)

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