Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

"抜く"という世界

昨日、今日と

ご高齢の方のケアが続きました。

今日は仕事というわけでは無かったのですが

たまたまお会いした80代半ばのご近所の方が

ここ数日、ご自身で揉んでみたりもなさっても

肩から首にかけてが辛いというお話だったので

ご自宅のソファーに横になって戴いて

ちゃちゃっとリンパケア。

ものの数分でお悩みが消失してしまったので

「あれ?何で?痛くなくなったわよ???」と

不思議がっていらっしゃいました(笑)

セルフケア法もお伝えしたので

これからは、辛くなる前に対処なさることができるかと思いますし

「お父さんにも教えるわ。」と仰っていらしたので

ご夫婦でセルフケアを楽しみつつ

お元気でお過ごしいただければ嬉しいです。

そして、そういう風に

積極的に「自分でやってみよう」となさる方だから

ご夫婦揃って健やかでいらっしゃるのだと思います。

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さて、今日はの三木成夫の「海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想」より

"「排泄」に関する試論"を引用したいと思います。

この文章が初出されたのは昭和59年

つまり今から30年近くも前になりますが

今、まさにその「"抜く"という世界」への

折り返し地点を迎えているのではないか

再読しながら、そんな風に感じました。

さて、以上述べた、余分の力を抜き、詰った息を抜き、汚れた水を抜く―こうした"抜く"という世界の意味するものは、そももそもなにか。それは近頃の合言葉である、例の筋力アップをはかり、新鮮な空気を吸い、健康食品を心掛ける―という、要するに"溜め込み"の世界の、それはあたかも対極に位するものであることが容易にうかがわれる。この「入」の世界に対する「出」の世界というものは、ここであらためて振り返るまでもなく、明治以来の問題の「富国強兵」という、まさに溜め込みそのものともいえる国是の陰にそれは隠されて、いつしか見失われかけていたものではないか。だから戦後、二重に拍車のかけられた、同じ溜め込み政策の一つであるあの狂乱的な消費の世界と、それは本質的に異なるものであろう。

 溜め込むために抜き取るのではない。言葉をかえれば「入」と「出」の関係は互いに相手を目的としたものではなくて、それは天秤の両腕のごとく、支柱の規模に相応しい、相互に釣合いのとれたものでなければならない。こうした両者の関係をひろく「双極的」と呼ぶ。

海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想

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