Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

Voice2

今週はモニターセッションで様々なご感想を戴いています。

ブログの記事ではどうしてもエントリーが増えると流れていってしまうので

ウェブページにクライアントさんのお声をまとめました。

こうしたお声を聴かせていただく事はとても嬉しいことです。

けれど、同時に声にならない声に

心を向けることも大切なことなのではないかなと

まとめながら思いました。

耳当たりの良い言葉は、聴く機会に恵まれても

耳当たりの良くない言葉は

面と向かってはなかなか伝えられないもの。

私自身もそうです。

特に、こうして1人で仕事をしていると

クレームになるほどではなくても

ここはちょっとな…と思われたことに気付き

これからに活かして行く機会は持ちにくいものです。

沈黙の向こうにも心を向けていくには

どうしたらいいかな

私が逆の立場だったら

どうしたら伝えやすいかな

色々考えて

初めてお越し戴いた方には

お葉書をお渡しさせて戴くことにしました。

その後のご様子など伺わせて戴だけても嬉しいですし

何かお気付きの点があれば

忌憚の無いご意見を伺うこともできるかもしれない。

それで凹むこともあるかもしれませんが(^^;)

やはり大事なことなのだと思います。

またまた長田弘さんの言葉ですが

これは、私自身忘れないようにと

自分の手帳に記しているものです。

問うべきこと、問われるべきことというのは、doingであって、beingではない。doingとbeingのあいだに、きちんと線を引くこと。そうせずに、doingを問われると、たちまちじぶんのbeingを否定されたように感じるという感覚にたやすく溺れてしまうのは、ひどく不自由な感覚だと思う。

―中略―

doingはdoingとして批判して、beingはbeingとして重んじあうという黙契をたがいのあいだにつらぬいていくことができないとき、脆くなるのは言葉だ。大事なのは、自分のbeingのうちに、どんなdoingをあらわしてゆくことができるかということだ。

(神の派遣したスパイ6 より)

さあ、今日も新たなご縁との出会いの日

連休のしめくくりの1日を気持ちよくお過ごし戴けますように。

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