Blissful Touch ―ダンスをもっと美しく、もっとナチュラルに。

ダンサーのためのコンディショニング・サロン「ブリスフル・タッチ」公式ブログ。ヒトが0歳児の時に行う原始的運動メニューを分析し発展させた運動プログラム「ナチュラリゼーション」を中心に、ダンサーの皆様と地域の皆様の美しく健やかな身体づくりをサポートしています。

Move

先日のリハーサルを映した映像を眺め

自身にダメだししながら

その時の先生のご指導の言葉と

自分の認識が一致していきます。

映像の中の自分を見ることは、

正直、好きではありません。

でも、見なければ気付けないこともある。

自分が捉えている感覚と見え方とには

いつも誤差があって

あと何割も動きの空間は外に広がっていけるのに

それより小さな空間の中に留まっているのを、

小さな心の躊躇いが

大きな滞りとなって動きに表れているのを、

そこに見出します。

こころもまた、同じものかもしれません。

だからこそ、自分が捉えている世界を

問い続けるのです。

踊ることも、生きることも。

自身を否定するためではなく

認識の余白にある広がりに出合うために

そして詩人の言葉のように

明るくしていくために。

入道雲と共に去っていった夏が残したキャンバスに

ひんやりとした空気と雨の筆先が

秋の彩りを加えています。

この作品での衣裳は薄紫のシンプルなワンピースになるそうですが

その紫が描くタッチが

今の私のそのままをそこに刻むことを祈りつつ

踊り重ねていきたいと思います。

Rehearsal2012

いま、ここにあるという感覚を鋭くする。

そのために必要なのは、じぶんに必要なだけの疑いを、いつもいま、ここにちゃんとおくことだ。

疑いのない停滞に、自分を暗く閉じこめないために、みずから疑う。

疑うことによって、じぶんがいま、ここにいっそう明るくされるようにする。

疑うというのは、ほんとうは自分を明るくしてゆくことだ。

他人の正義をあてにしないことだ。

疑いによって、自分を開く。

疑いのなかで、自分をいっそう確かにしてゆく。

疑うというのは、moveという感覚を、身に生き生きとたもつということだ。

長田弘 「感受性の領分」 神の派遣したスパイ51 より)